| Bereshit1-1には早速厄介な(と言ってはいけないかもしれないが)Elohimに出会うことになりますね。三人称男性複数形です。何故神が複数なん?とはよく出る疑問。確かにこれを受ける動詞は単数です。主語と動詞が合いません。そこで、「尊厳の複数」なる名・珍解答の登場です。(ヨーロッパの言語事情の説明をヘブライ語に強引に当てはめるのは飛躍のしすぎというものです。)何を説明したいんでしょうね? 言葉は幾つかの文法指標を持っているけれど、忘れちゃあいけないのは、文法指標ではあるけれど、同時に意味そのものであると云うことを。日本語の環境に漬かっていると疎くなる部分かもしれない。だから何だ? だから!神は元来複数で存在していたと言うべきなんです。色々な時間、場所に現れるものだったのです。このように理解しておくべきだったのです。事実、神は其々の登場人物に立ち現われてくるのですから。其々に現れたんだけれども、それは一貫した存在なんだよ!と言う主張を言うために、いずれはひとつの固有名詞で呼ばれることになると言うことではないでしょうか?Elohimの役割はYHVH=固有名詞に対して範疇を表現していると見るべきでしょう。 |
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